「いえ!何も!ただ頭巾は綺麗にしたら返
「いえ!何も!ただ頭巾は綺麗にしたら返そうと思って,だからそれを伝えに……。」
しどろもどろになりながら目を泳がせていると久坂は何も言わずくすりと笑った。
「頭巾はまだ使ってていいですよ。その傷が治るまでは。
それに心の傷も隠さなくていい。話したくなったらおいで。」
迷惑なんかじゃないよと優しく頭を撫でると三津の目が潤みだした。
「ありがとうございます!でも大丈夫なんで!」
三津は頭を下げてからぱたぱたと廊下を走って台所へ向かった。
三津の姿を見てサヤとアヤメが笑顔で挨拶をした。
いつもなら何とも思わないのにサヤの笑顔に何故か胸がズキズキ痛む。
その笑顔ですら品があるんだ。顯赫植髮
「三津さん何かありました?」
「え?何でですか?何もないですよ?」
サヤが心配そうに顔を覗き込んでくるのをはぐらかした。
「そうですか?いつもより元気ない気がして。」
「気のせいですよ!洗濯!洗濯しないと!」
朝餉の片付けをしなかった分働きますねと笑ってみせた。
些細な変化も見抜ける。細やかな気遣いが出来る。尊敬できるそんなサヤの一面に今は嫉妬の目を向けてしまう。
『そりゃ見習えって言うよね……。私なんかよりサヤさんの方がよっぽどお似合いや……。』
自分が桂の望む女性に近付く努力をすればいいだけの話なのにあんな悪態をついてしまった。
あんな事を言ってしまったから,本当に別の女の人に心移りしてしまうかもしれない。
『素直に謝ろ……。』
桂の事は大好きだ。ずっと一緒にいて欲しい。
家事が一段落したらそれを伝えに行こう。そう決意していつもに増して必死に仕事をこなした。
『話聞いてくれるかな。』
お茶を持って桂の部屋へ向かった。
「小五郎さん失礼します。」
そっと戸を開けて顔を覗かせると文机に向かっていた桂が三津を見て目元を綻ばせた。
その表情にほっとした三津も笑みを浮かべて中に踏み込んだ。
『ん?この匂い……。』
笑ったのもほんの一瞬。すぐに三津の顔が強張った。桂の部屋から今朝香った知らない女の匂いがする。
三津の異変に気が付いた桂は手元の文を隠すように折り畳んだ。
一晩共に過ごしたであろう女が香を焚き染めて寄こした文だとすぐに分かった。
「隠すようなやましい事があるんですね……。」目の前がぼやけて来た。息も苦しい。
だけど,きっとサヤならここで感情的になったりしないんだろうな。変な意地だけは働いた。
「お茶……置いときます……。」
涙でぐちゃぐちゃな顔で笑ってみせた。
でもそれが限界。三津は弾かれたように部屋を飛び出した。
「三津!待ちなさい!」
待てと言われて待つものか。
涙で前も見えないのに走ったものだから,
「きゃっ!」
「おっと!」
誰かにぶつかって尻餅をついた。
三津は相手の顔も見ずにごめんなさい!と言い残してすぐに立ち上がり廊下を走り去った。
「……何だか穏やかじゃないね。」
これも天から与えられた好機かな。
三津にぶつかられた入江は走り去った背中を追いかけた。
だが三津が飛び込んだのは久坂の部屋。それには参ったなと足を止めた。
結局三津は久坂に甘えて泣きついた。
「兄上後生ですから家まで連れて帰って下さい!」
騒々しく部屋に滑り込み,畳に額を擦り付けて懇願した三津の頭に優しい手のひらが被さる。
「構いませんよ。丁度外に用があったので一緒に出ましょう。」
その甘えを優しく受け入れた久坂はちょっと待っててと三津を置いて部屋を出て,それからすぐに戻って来た。
「では行きましょうか。」
久坂は頭巾を三津に被せてやった。
桂に捕まる前に出たい三津は久坂を引っ張りそそくさと藩邸を飛び出した。
「サヤさんには体調が優れないので連れて帰ると言ってあるので心配いりませんからね。」
「ありがとうございます……。」
結局巻き込んでしまった上にしっかり事後処理までしてもらって申し訳なさから顔を上げられない。
「朝も言いましたけど迷惑なんかじゃないですからね。三津さんの面倒ならいくらでも見れる。」
「すみません……今日は私情に巻き込まないようにしよって決めてたのに……。」
情けない。何一つ自分の決めた事を貫けない。
『私は何も出来ない……。』
桂の求める女になれない。自分で決めた事もやり通せない。
周りに気を遣わせ迷惑ばかりかけている。
「迷惑じゃない。甘えなさい。子供みたいに甘えなさい。」
温かい手が三津の左手を握った。
手から伝わる温もりが心に沁みた。その手を強く握り返して,ぼたぼた涙を溢して歩いた。
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