胸中苦い記憶と共に

胸中苦い記憶と共に

 胸中苦い記憶と共に、何とは無しにパーレルを追うようにしてモルフィネスはその後ろを歩いていた。

 前を歩くパーレルは後ろからモルフィネスがその背中を射るように見詰めて歩いていようなどとは毛ほども気付いていない。ロキと同様、兵法者でも殺し屋でも忍びの者でも無いのだから当然である。

 程なくパーレルは孤児連の集会所に辿り着き、中から何人かの孤児を呼び出して集会所の前に立たせた。孤児達とは既に顔馴染みらしい。パーレルの前に立つ孤児達の笑顔を見れば、パーレルの懐かれようが目にも明らかであった。

 壊れかけた椅子に腰掛け画板を膝に置いたパーレルは、並び立つ子供等をモデルに炭でスケッチを始めた。

 モルフィネスは音を立てないように気を付けてパーレルの背後からその描く絵を盗み見た。

(良い絵だ。)

 美しいとモルフィネスは思った。実際の孤児連は洟垂れの薄汚れた小汚いガキ共であったが、パーレルの絵はその美しい部分を切り取るかのように描かれて行く。

 絵を見て、改めてモデルの孤児連を見るとパーレルの絵の中に現れたものがモルフィネスの眼にも映し出されて来るのである。

(なるほど、人はこうも見えるのだな。)

 とモルフィネスは酷く感傷的な気分になっていた。

 附近に巡回中の王女軍兵士がいる。総参謀長モルフィネスに気付き、敬礼をしようとする者にモルフィネスは悪戯っ子のような顔で人差し指を口に当てて、静寂を求めた。

 好事魔多しと言うべきか、良い事と悪い事は順番に巡るものなんだという約束か、集会所内から火が起こった。

 孤児連は王女達の支援を受けながら自活していた。当然料理も自分達でやる。今日は、肉を油で揚げているところであった。肉は腐り易い。食当たりを裂ける為には焼くか煮るか油で揚げるかである。中でも油で揚げるのは雑菌等を駆除するには一番確実な方法である。年長者のザックの指示の下集会所内では肉を油で揚げる作業がされていた。

 だが、火事の原因に成りやすいのもやはり油料理である。鍋の油に火の粉が入り、いきなりの火柱が噴き上がった。ザックは直ぐに鍋から子供達を下がらせて、屋外に出るよう指示したが、噴き上がった炎が天井に燃え移ってしまった。集会所は木造、しかも悪い事に天気が良すぎて空気も木材も良く乾いている。待ってましたとばかりに集会所の柱や壁は火と仲良く手を携えてしまった。

 ザックは孤児連を指示して屋外に誘導したが、何分おしめの取れていない者もいる一団、慌てて外に運び出している内に火はぐるりと集会所を取り囲んでしまう。「みんな、無事か。」

 と赤子を抱いて出て来たザックにパーレルが駈け寄って尋ねると、右に左に見回すザックが真っ青になった。

「モンタは、モンタは何処だ。」

 ザックの悲痛な声が響く。

 パーレルはザックを横に押し除けるようにして、集会所の中に飛び込んだ。

 中は既に火の海だ。幼いモンタが肌着の赤子を抱えて必死に炎を避けている。パーレルはモンタから赤子を引ったくると、外に一旦飛び出して赤子を救援に来ている兵士に渡し、再び燃え盛る集会所に飛び込んだ。

 モルフィネスは少し離れて、パーレルの活躍を目の覚める思いで見ていた。

 ああ、彼奴も又中々の男一匹じゃあないか、と感動すら湧いていた。

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