「知らなかった
「知らなかった……甲斐って面食いなんだね。あの人、凄い美人じゃん」
「別に顔で好きになったわけじゃないよ。まぁ、確かに真白は人気あったと思うけど」
外見ではなく、内面で人を好きになる。
いかにも甲斐らしい返答だと思った。
「……いつ頃付き合ってたの?学生のとき?」
「そう、高校の頃から俺が就職決まる前まで付き合ってた」
もしあの 兒童英文拼音班 人が昔の彼女だとしたら、きっとそれなりに長い付き合いだったのだろうと感じていた。
それは、二人が並んで話す姿を見れば察しがつく。短い付き合いでは感じられないような距離感を、二人から感じ取ったのだ。
「……どうして別れたのか、聞いてもいい?」
「真白が仕事の関係で北海道を離れることになって、フラれた」
「え……」
「仕事に集中したかったんだろ。まぁ、もうとっくに終わったことだから、いいんだけど」
本当に終わっているのだろうか。
甲斐の中では、完全に過去の恋になっているのかもしれない。
でも、真白さんはきっと違う。
きっと今も、甲斐のことを想っている。
そんな気がしてならなかった。
「甲斐に相談したいことって……何だろうね」
「さぁ。でも、ちょっと深刻そうな声だったから心配だけど」
「……そうだね」
何となく、前に蘭に言われたことの意味がわかった気がした。
私と甲斐が一生親友でいることは、無理だ。
甲斐に恋人が出来れば、きっと親友ではいられなくなる。
蘭は当たり前のようにそう言った。
甲斐が真白さんとヨリを戻す可能性を想像しただけで、胸がきつく締め付けられた。
どんな言葉で表現するのが正しいのかはわからない。
ただ、一気に言いようのない寂しさが胸に広がった。真白さんが甲斐の元カノだということは、もちろん私は誰にも喋らなかった。
それなのに、一週間が経った頃には既に蘭や青柳にも知れ渡ってしまっていた。
「ねぇ、依織は見た?甲斐の元カノ!」
「蘭、待って。どうして真白さんのこと知ってるの?」
この日私は一人で中庭でお弁当を食べていた。
甲斐にお弁当を作ったのは、一週間前の一度きりだ。
結局、明日も作ってこようかと言い出せなかったのだ。
蘭はちょうど私と休憩時間が被ったため、おにぎりとサラダを手にして中庭にやってきた。
「三日くらい前だったかな。甲斐が美女と廊下で話してるとこ見たから、どんな関係なのか問い詰めたの」
蘭の厳しい追及からは、きっと逃げるのは不可能だろう。
蘭は他人の恋の話が大好きだ。
「あの彼女、うちらの二つ年上なんだって」
「え、そうなの?」
「札幌でカフェ経営してるらしいよ。何か、カフェにいそうな感じだよね」
「さすが蘭だね……」
私はそこまで真白さんのことを甲斐から聞き出せなかった。
本当は詳しく知りたかったけれど、変なプライドのようなものが邪魔をしたのだ。「あの元カノ、多分独身だよね。結婚指輪してなかったし」
「蘭、そこまでチェックしてたの?」
「もちろん。指輪は顔の次にチェックするとこでしょ」
私は真白さんと挨拶まで交わしたけれど、結婚指輪をしているかなんて見る余裕はなかった。
ただ、甲斐との関係だけが気になって仕方なかった。
「あの元カノ、甲斐に気ありそうだと思わなかった?」
「うん、思った」
「あんたは甲斐が元カノとヨリ戻してもいいの?」
「いいも何も……」
私には関係ないから。
後に続くはずの言葉を、私は言えなかった。
心の中は混乱状態で、何をどうすればいいのかもわからない。
自分がどうしたいのかも、わからずにいた。
「そういえばさ、また昨日久我さんに会ったよ」
「前に会った立ち飲みの店で?」
「そう。また少し話したけど、何度誘っても依織に断られるって嘆いてたよ」
久我さんからは、何度か食事に誘ってもらっている。
でも私は、適当な理由をつけて誘いを断っていた。
結局誘いを断るのなら、連絡先なんて交換しなければ良かったのかもしれない。「食事くらい行ってあげれば?どうせ向こうの奢りなんだし、タダで美味しいご飯食べれると思えばいいじゃん」
「それはさすがに失礼でしょ」
「だって、依織よりも私の方があの人と会ってるっておかしくない?」
蘭は久我さんの話をするとき、少しだけ嫌そうな顔をする。
それなのに、彼の話を振ってくるのはいつも蘭の方だ。
「昨日は久我さんとどんな話したの?」
「ほとんど依織の話。依織のことしつこく聞いてくるから、直接本人に聞けって言ってやったの。そしたら、聞きたくても会ってくれないって言うから」
「……何か、ごめん」
久我さんは結構強引な所があるから、蘭が嫌な顔をしてもそこまで気にしていないのかもしれない。
でも、私のせいで蘭に迷惑をかけていることは確かだ。
「そうだ、来月の温泉!青柳に言ったら、奥さんと子供も連れて行きたいって。何度も会ったことあるし、いいよね?」
「うん、もちろん。楽しみだね」
「ホテルどこにする?やっぱお風呂の種類が沢山ある所がいいよね」
その後は休憩時間が終わるまで、蘭と温泉旅行の話で持ちきりだった。
でもその日の帰りに、思いがけないことが起きたのだ。
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