日曜日。
日曜日。
この日は朝から晴れ渡っていて、見上げると気持ちのよい青空が広がっていた。
仕事がある日と同じ時間に起床し、きっかり三十分もずくの散歩に出掛ける。
帰宅してから朝食を作って食べ、出掛ける支度を始めた。
久我さんからは、二手遊艇買賣朝十時頃に連絡すると言われている。
まだ待ち合わせ場所などは決めていない。
会って話をするだけだから、念入りに化粧をする必要はないだろうと思い、かなりナチュラルメイクに仕上げた。
すると化粧をしている最中、蘭から着信が入った。
「依織、今日暇?暇だったら、買い物付き合ってくれない?」
「あー……、ごめん。今日はちょっと、用事があって」
「そうなの?何だ、残念」
「実は今日、久我さんと会うことになったの」
「久我さんと?」
電話の奥の蘭がどんな顔をしているのかはわからない。
でも、僅かに声のトーンが変わった気がした。
「もしかして、デート?」
「違うの。今日は……ちゃんと話をしようと思って」
詳しいことを言わなくても、その一言だけで蘭は私が言いたいことを察してくれた。
「そっか。頑張って」
「……うん、ちゃんとしてくる」
蘭との電話を終えると、ちょうどタイミングよく久我さんから連絡が入った。「久我さん、おはようございます」
「おはよう。七瀬さん、支度はもう済んでますか?」
「いつでも出れます。どこで待ち合わせしますか?」
「実は今、七瀬さんの家の近くに来てるんです。出てこれますか?」
「え!?」
私は慌ててバッグを手に取り、家を飛び出した。
外に出て辺りを見渡すと、白のSUVタイプの車がゆっくりと私の方に近付いてきた。
そして車は私のそばで止まり、窓が開く。
運転席にいるのは、私服姿の久我さんだった。
「七瀬さん、とりあえず乗って下さい」
「え、あ、はい!」
まさか車で迎えに来ると思っていなかったため、戸惑いを隠せない。
てっきり、どこかの駅で待ち合わせをするのだとばかり思っていた。
「あの、どうして私の家わかったんですか?」
「初めて二人で食事した日の帰り、一緒にタクシーに乗ったじゃないですか」
「あ……」
そうだった。
初めて久我さんと食事をした日の帰り、タクシーに一緒に乗り、私の家まで送ってくれたのだ。
「覚えてたんですね」
「正確な住所は覚えてなかったんですけど、何となくこの辺りだったかなって」
話しながら久我さんはパーキングに入れていたシフトをドライブに入れたため、私はシートベルトを装着した。「じゃあ、行きましょうか」
そう言って車はゆっくりと発進した。
「行くって、どこへ……?」
「着いてからのお楽しみです」
「あの、久我さん。今日私は……」
「七瀬さん、今日は僕の行きたい所に付き合ってくれませんか?七瀬さんの話は、着いたらちゃんと聞きますから」
「……わかりました」
きっとどこか、この近くの店に入って話を聞いてくれるのだろう。
久我さんも、私に何か話したいことがあるから今日私を誘ったのだと思っていた。
だから、目的地にはすぐに到着すると思っていたのだ。
「晴れて良かったですね。ドライブ日和だ」
「……そうですね」
チラリと横目で、運転している久我さんの姿を見つめる。
今日は私が調整した眼鏡をかけているけれど、私服だからかいつもとは雰囲気が違うように感じた。
それに、車もかなり内装から高級感が漂っていて、それが久我さんの雰囲気と見事にマッチしている。
久我さんに会う度に、いつも思ってしまう。
なぜ彼は、私なんかに好意を抱いてくれているのだろうと。
「どうしました?」
「あ……いえ、素敵な車だなと思って」
「特に趣味がないんで、車ぐらいしかお金をかけるところがないんですよ」
私たちは、互いに敬語を崩すことなく会話を進めていった。きっと久我さんは、私が今日どんな話をしようとしているのか気付いている。
それでも、普通に接してくれている。
穏やかな笑みを浮かべて語りかける彼は、いつもの態度と変わらず大人の余裕が滲み出ている。
もし私が久我さんの立場だとしたら、きっと余裕なんて少しもないだろうと思った。
それから車はしばらく走り続け、ついには高速道路に入ってしまった。
どうやら行き先は、小樽方面のようだ。
「ちょ、久我さん!高速に乗ってどこに行くつもりなんですか?」
「だから、言ったじゃないですか。着いてからのお楽しみだって」
「でも高速に乗るなんて聞いてないです」
「言わずに向かった方が、七瀬さんの驚く顔が見れると思って」
久我さんはクスクス笑いながら、私の反応を楽しんでいる。
そうだ、すっかり忘れていたけれど、彼は意外と強引なところがあるんだった……。
今さらうるさく騒いでも、もう遅い。
私は仕方なく抵抗を諦め、彼に付き合うことにした。
「怒った顔も可愛いですね」
「な……!へ、変なこと言わないで下さい!」
「僕の本心ですよ」
「……久我さんは、いろいろ正直過ぎます」
「普段の僕は、こんなに本心を口に出すタイプじゃないんですけどね」
そう言って切なそうに微笑んだのが、少しだけ気になってしまった。
「本当は昔から、自分の気持ちを口に出すのが苦手なんですよ」
「そうなんですか?」
「だから、何を考えているのかわからないってフラれることが多かったですね。あと、思っていた感じと違ったって言われることもあったかな」
「人は見た目でいろいろ判断しちゃうところがありますもんね」
確かに久我さんは、外見から感じるイメージだと何でも完璧で誰にでも優しくて、とても紳士的な男性に見える。
何度か会っている私も、久我さんに対していまだにそのイメージを持ったままだ。
でも蘭だけは久我さんに対して、皆が思うような『優しくて大人の色気がある魅力的な男性』とは思っていないようだった。
むしろ、久我さんのことをあまり良く思っていないようにも見えた。
「僕は結構、腹黒いところもあるんですけどね。もちろん普段は隠してますけど」
「全然そんな風に見えないですよ。久我さんは本当に優しいじゃないですか」
「好きな人には、もちろん優しくしますよ」
「……」
ダメだ、何か言えば必ず甘い言葉が返ってきてしまう。
こんな密室の空間で甘い空気になるのは、さすがに耐えられそうにない。
私は車内で流れている曲の音量を上げ、久我さんから視線を逸らすことで精一杯だった。
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