『──助、平助。大丈夫ですか?』
『──助、平助。大丈夫ですか?』
優しげな声に揺り起こされ、藤堂は目を開けた。そこに広がるのは、決して広く無ければ綺麗でもない道場だった。そして大好きな山南が心配そうに自身を覗き込んでいる。
『山南さん……。俺、一体…………?痛ッ、』
途端にズキズキと肩が痛み出し、眉を寄せた。
『永倉君に一本取られた後、突然倒れたんです。全く、あの人は加減というものを知らぬから……。覚えていないのですか?』
『うーん、そうだっけ…………』
そこへ戸が開き、尻端折りに石田散薬の旗を掲げた行商姿の土方が顔を見せる。藤堂と目が合うなり、呆れたような表情を浮かべた。
『何だよ、またやられたのかえ。激光生髮帽 ほら、石田散薬飲みな。丁度今日は花見だろう?酒も用意されてンだろうし、それちょっくら拝借して飲めばイイぜ』
『ゲ……。石田散薬不味いんだよね……』
『良薬口に苦しって言え。お………、勝っちゃん!今日だったよなァ、花見ってェのは』
土方は道場の真ん中にいる近藤へ手を振る。
『お、歳か。そうだ、中庭の桜が満開でな。無論お前も参加して行くだろう?今、おツネが飯を用意しているんだ』
『応よ!祭りに喧嘩は江戸っ子の魂だからなァ!ほら、俺からの差し入れ』
行商箱から大きな包みを取り出し、前へ突き出せば、ほんのりと甘い匂いがした。
『土方さん、それってもしかして団──』
『わぁ、お団子ですかッ!しかも仲本屋!嬉しいなァ、私ここの好きなんですよ』
藤堂の言葉を遮り、何処からか沖田がやってくる。瞳を輝かせて喜ぶ姿を見ていると、これが自分より歳上の天才剣士とはまるで思えなかった。
『おーい!もう準備出来たってよォ。……いつまでそこに転がってンだ?平助。早くしねえと全部食われるぞ』
そこへ永倉がひょっこりと顔を出す。
『…………行くよ、行きますよー。ちえ、起こしてくれたって良いのに』
誰がこうしたんだと思いつつ、藤堂は起き上がると山南と共に中庭へ移動した。
そこには一本の立派な桜の樹があり、零れ落ちそうなほどの大輪の花を咲かせている。
藤堂はそれを見上げ、その下で立ち竦んだ。
やがて皆が集まりだし、宴が始まる。原田は切腹の古傷で腹踊りをして見せ、皆でそれを囃し立てていた。
それを遠巻きに見ていると、山南が隣へやってくる。
『…………平助、どうしましたか』
『いや……、何だか幸せだなって。俺は本当にココが好きなんだと思っちゃって……へへ……』
『ええ。やはり何やかんや言っても、此処は居心地が良いですからね。』
『守りたかったって…………?山南さん、何を言ってんの』
その問いに山南は淡く笑む。
柔らかな風が慈しむように頬を撫でた。
『…………私は此処でから。』
『何を、待っ───』「──おい。おいッ!平助、逝くなッ!」
乱暴なまでに身体を揺すられ、藤堂は重い目蓋を開ける。すると、露骨に永倉と原田はホッと息を吐いた。
だが血の気の失せた顔には、既に死相が現われている。焦点は既に合っておらず、青白くなった唇をそっと開いた。
「…………さくら、」
──そうだ、俺はもう一度ああしたかったんだ。泰平の世になったら、大好きな試衛館で皆とまた笑って花見をしたかった。そこに伊東先生や坂本先生も呼んで、"ここは良いところだ"と言われたかった。
「桜……?桜って言ったのか?」
鼻を啜りながら原田は問い掛ける。
その返事と言わんばかりに、藤堂の虚ろな目からは血に混じった涙が一筋伝った。
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