「…江戸に帰る場所な

「…江戸に帰る場所な

「…江戸に帰る場所なんて有りませんよ。私の本当に帰りたい場所は、壬生の屯所です」

その言葉に沖田は俯きながら目を見開いた。

「近藤さんが居て、土方君が居て、総司が居る。試衛館の皆と作り上げた、新撰組こそが帰る場所なのです」

それは紛うことなき山南の本心だったのだろう。月經量多 自分でも驚く程にすらすらと言葉が浮かんだ。

沖田は理解が出来ないと言った風に首を横に振る。

「そこまで新撰組を想うなら、何故脱走なんて…ッ」

「大切だからですよ。守る為にそうしなければならなかった…」

「…分からないですよ、山南さん……ッ。私は貴方を生かしたくて来たんです…。お願いですから、私に兄を殺させないで下さい!!」

沖田はそこまで言うと、口を閉ざした。これ以上言葉にすれば溢れて止まらなくなりそうで。

「…済まない、総司。それは…出来ないのです」

「…何故ッ」

「私は新撰組総長です。隊士へ切腹を命じてきた立場でありながら、自分だけおめおめと逃げる事など許される筈がない」

その声は雪空のように澄んでおり、覚悟の色を孕んでいた。あまりにも山南が優しく笑いながら言うものだから、沖田は二の句が告げなくなる。

「一番組頭、沖田総司君。…明日私を屯所へ連れて行ってくれますね」

山南は穏やかにそう問い掛けた。

沖田は震える拳を血が滲む程握り締める。呼吸をする度に胸が痛んだ。

浅く呼吸を吐けば、鼻の奥がつんとして目頭が熱くなる。早く返事をせねば、と思えば思うほど喉の奥がひりついて声が出なかった。

顔を上げてみれば、頬に熱い一筋の雫が流れる。

──泣いてはいけない、武士として山南さんの決意を鈍らせてはいけない。はい、と言え。それが弟分として出来る最期の孝行なのだから。

「……はい」

沖田は声を絞り出すように頷いた。

「有難う」

その覚悟を山南は短い言葉で労う。沖田は姿勢を正し、正座をした腿の上に両の拳を置いた。

「山南総長、貴方の介錯は…どうか私にやらせて頂けませんか」

沖田は凛とした通る声でそう嘆願する。山南は驚いたようにその表情を見た。

薄らと部屋に灯る行灯の明かりが、沖田の横顔を照らす。

泣きたいのを必死に堪え、誠意を示そうとするその姿を見ると、沖田の成長を感じざるを得なかった。

──嗚呼、もうこの子は武士なのだ。

自身の感情を制限し、隊と上司の思いを汲み取り覚悟を決められる。

弟のように可愛がってきた沖田総司は、立派な武士と った。

心が震える、とはこの様なことを云うのだろう。山南は泣きたくなるのを我慢すると、真剣な表情で沖田を見返した。

「ええ。貴方に任せます。よろしく頼みますよ」

山南は背筋を伸ばすと、軽く頭を下げる。一方、その頃。前川邸の総長室に一人の影が佇んでいた。

部屋の主の性格を表すかのように、寝具は綺麗に折りたたまれ、本や紙の類いは部屋の端に整頓されている。

「…歳、此処に居たのか」

そこへ行灯を手にした近藤が部屋へ入ってきた。

影…土方はその人物を認めると顔を背ける。自身の表情を見られたくなかったのだろう。

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